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ドイツの田舎の暮らしやドイツの馬たちに興味のある方は、 「再びベルシュノイドルフで−2004年」および「ドイツ滞在メモ2001」 をご覧ください。 |
2000年1月に駆け足でドイツを訪問してきました。今年は例年より気温が高く、滞在先数個所とも3℃〜7℃あるいはマイナス2℃〜5℃でした。前半は曇りがちでたまに晴れ間がのぞき、後半曇りで霧雨が多く一時粉雪もふりました。その間、濃霧のためアウトバーンで数十台の車が連続玉突き衝突を起こしたことを帰国後知らされました。ドイツのみなさんに暖かいもてなしをうけ、ドイツの乗馬界の素晴らしさを少し理解することができました。私が現地で見聞きしたことの一部をかいつまんでお伝えしましょう。かなり個人的な事情も含まれていますので、ご留意願います。
(1)ドイツで会った人々や動物たち
1) アンゲリカ・トラベルト
両大腿切断と右手指欠損のハンディにもめげず、アトランタ・パラリンピックの馬場馬術で銀メダル、99年デンマークでのIPEC世界選手権馬場馬術で銀メダルを獲得した、とても愛嬌のある英語のうまい活発なお嬢さんです。年令(32)よりも若く見えます。オフタイムはひっきりなしの電話、郵便と電子メールのチェックで忙しくて、ろくに両親と話す暇がないほどです。父親の内緒話ですが、ボーイフレンドと数ヶ月つきあったけれど、彼女の方から遠ざかりその後とんと縁がないようです。彼女は6歳から乗馬を始めて、その後中断し、カナダへ交換留学した際、夏休みに友人宅に滞在中ロサンゼルス近郊でウェスタン乗馬も始め、それが良かったたと聞きます。アンゲリカはマールブルク大学医学部を卒業して医療にたずさわる麻酔科の医師です。彼女はドイツ馬術連盟の一般乗馬指導員(中級)、障害者乗馬指導員の資格をもっています。平常自宅に近いエルレンシュタル乗馬センターで自馬に乗るほか、別記のミハイル・ヘンネマンの乗馬センターで10年以上ドレッサ―ジについてミハイルの特別指導を受けました。ビアンカ・フォーゲルと仲良しで、ビアンカに言わせると彼女は万年銀メダリストだとか、グレードが異なる(アンゲリカはグレードII; ビアンカはグレードIII;)けれどお互いに相当ライバル意識をもっています。彼女は2002年2月現在、IPEC国際パラリンピック馬術委員会の選手代表Athletes
DelegateとしてIPEC広報活動の一翼を担っています。
3) ビアンカ・フォーゲル
ビアンカはボン市に近い、アール川に接したジンチッヒSinzigという田舎町に住んでいます。
2000年1月15日にビアンカが全ドイツスポーツ女子選手の内からスポーツレディオブザイヤー第2位に選ばれ、決して美人と言えませんが、唯一の入賞障害者として新聞テレビで大々的に報道されました。ちなみに第1位と第3位はオリンピック走り幅跳びで連続優勝した金メダリストHeike
Drechslerとプロ競輪選手のElke B?ltsとが栄誉をたたえられました。ビアンカは91年デンマーク、94年英国、99年デンマークのIPEC世界選手権でそれぞれ個人優勝し、いろいろの国際大会や国内選手権でのトロフィやブルーリボンを沢山保有しています。健常者の競技会にも参加して幾度か入賞したこともあります。アトランタ・パラリンピックでは猛暑で体調を崩し残念ながら8位に留まりました。
ビアンカはサリドマイド/両上肢未発達の重度障害を抱えていますが、約30名のクラスを担当する幼稚園教師として経済的に自立し、古い民家に独り住んで家事、買い物、手芸など何でもこなし、酒とタバコが大好きです。独英辞書を参照しながら考え考え英語で話してくれます。時々感動して涙ぐみますが、とにかく負けず嫌いで、10才から普通の乗馬センターで乗馬を始め試行錯誤しながら続けてきたのです。祖母が存命中は経済的にも精神的にも支援してくれたのですが、20年前に両親が別居、直ぐ近所に住みながらそれぞれ別の異性と同棲し続けているという、異常な家庭環境の下で青年期を過ごしたのです。実の父親は目抜き通りで大きな薬局を経営し、実兄も隣町リンツLinzの医療ビルの1階でモダンな薬局を経営していますが、彼らから経済的支援は全く期待しないそうです。母親は彼女の住まいの斜め前の古民家にイタリア人と住んでいて、共通のきれいな中庭を母が手入れするそうですが、訪問当時、母が香港旅行中で会えませんでした。ドイツの風習にしたがって、ビアンカも数年前にボーイフレンドと数ヶ月暮らしてみたそうですが、結局ぐうたらな男に嫌気がさして結婚を断ったそうです。2月に49才の誕生日を迎えるのに早くも更年期か?、1月に右膝に炎症を起こして2週間ほど病気休業せざるを得なかったし、その上、愛馬の治療費がかさむので大変だとぼやいていました。かかりつけの獣医はドイツでも指折りの名医だそうで、東京渋谷区のMieko
Yagi(八木)さんと同じ獣医だそうです。彼女は住宅ローンと馬にかかる費用の返済にあえぎながら、スポーツレディオブザイヤーに選ばれた実績をばねに、シドニー・パラリンピックでの優勝を目指して一層乗馬に励もうと自分に誓っています。ガンバリヤ屋の誠実な人柄だから、多くの素晴らしい友人知人や報道関係者らの応援を得て、一般大衆からも最有力の金メダル候補と期待されています。 改めて4月に再会したら、ビアンカは通い慣れたゲルハルト乗馬センターを離れて、奥まった村の個人的な牧場で秘密の特訓を受け始め、すっかり精神的に立ち直ってきたと感じました。
ビアンカからの手紙:
親愛なるマイク (2000/2/28)
はじめに、長い間手紙を書かなくてごめんなさい。それについてはとても済まないと思いますが、私のつぎの説明をわかってくれることと思います。
あなたがドイツを去ってから、私は幼稚園で働いていましたが、気分が悪くて、毎日、夜がよくなかったのです。頭痛で泣きました。結局、非常に難しい再手術が必要だったのです。私は具合が悪かったので、私の誕生日も祝いませんでした。
けれど、今はずっとましで、時折膝がちょっと痛むことがありますが、今はOKです。
2週間後に、私はラジオ局へ行って、日本やデンマークでの話しを沢山します。乗馬雑誌を送ります。この中に日本滞在のことやあなたのドイツ訪問の記事が載っています。私が記事を書きましたが、ドイツ語だけですみません。
私の馬「ダリノ」を知ってますね。彼は「ガラーテ」より年寄りで、私はクラウディアに[無償で]「ダリノ」を譲りました。2頭の馬を抱えるのは私にとってお金がかかりすぎるので、こうしなければならなかったのです。私は泣きましたよ。けれど、クラウディアが「ダリノ」をとても愛していましたから、彼にとって一番よい方法なのです。
「ガラーテ」と私は乗馬学校[ゲルハルト農場乗馬センター]を離れました。それは、とても素晴らしいドレッサージの先生を発見したからです。それに、クラウディアはダリノを世話しなければならないし、もう彼女は仲良くしていないからです。
クローディアが非常に仲のよい女友達でしたから、私はとても不幸です。私は私の道を行くのがよいのだと思います。
4月にブリッタのところであなたに会えるのを今から楽しみにしています。そして一緒に古いお城や町を訪問しましょう。
あなたの早いお便りを待っています。 ビアンカ
*備考: 2000/2/20付新聞の切り抜き(スポーツレディオブザイヤーのトロフィーをもったビアンカとマイクの写真と簡潔な記事)および乗馬雑誌"Reiter Prisma"(ドイツチームの日本滞在と印象、およびボンスハイムにおけるマイクの乗馬セラピー実習などを紹介した見開き2ページの記事を特別掲載)が同封されていました。
ハロー マイク (2000/9/26)
ハガキと手紙をありがとう。あなたが旅行で沢山のことを経験したことと思います。
もっと早く返事を書かなくて済まないと思いますが、私はシドニー行きを準備していて、その上、自分の仕事[幼稚園教師]も毎日継続しているのです。
プライベートな生活でもっといろいろなことをしなければなりませんでした。
私の自馬「ギャラーテ」は回復しなかったので、牧場主に戻しました。現在、彼女は他の馬たちと一緒に放牧場にいますよ。彼女は元気で、出費が少なくて済みます。私は大層な、大層なお金を獣医病院に支払いました。
私は毎日[自馬]“Dana”と一緒に練習していて、障害のないライダーたちとの競技会にでかけては、こちらの方も成功を収めています。
あなたは冬に訪問したいのですか?
私はシドニーから11月半ばに帰ってきます。それから私はその直後から仕事をしなければなりません。ですから余り時間がありませんよ。 どうして来年春に来ないのですか? こちらは冬はとても寒くて雨の日が多いのです。もし雪が降ったら、私にはとても危ないので、車では行けません。あなたがボンスハイムのスージーのところに何か品物を預けてあるのは承知しています。それらを郵便で送ってもらった方がよいとは思いませんか?
あなたがこちらに来られるなら,大歓迎しますよ。
私はあなたの訪問には、春の方がよいと思うだけです!
お元気で、そして幸せな時を。 ビアンカ
2000年パラリンピック/シドニー日記/共同ニュースにビアンか・フォーゲルの日本語記事が掲載されています。その内消去されるかもしれませんが。00/12/25
4)ビアンカのお友だち
ビアンカの住む町ジンジッヒとライン川をはさむリンツという町に住むアンドレア・ラリウスは、エコノミストですと自己紹介し歴史的文化遺産に関する分厚いガイドブックを片手に、ライン川沿いの古城や伝説を説明してくれ、ケルンのドームの内部やケルン市内の名所を連れ回ってくれました。整った容姿で、英語表現を考え考えこれでもかこれでもかと精力的に歩きます。もちろん彼女もビアンカの乗馬仲間で、私がメールアドレスを表示した名刺を差し出すと一層表情が輝きました。アンドレアが閉め切った車内でもお構いなしに続けさまに煙草を吸うので、私は苦しい思いをしました。彼女もビールやワインをかなり飲むようでした。 やはりビアンカの乗馬仲間クラウディア・クラーはライン川の支流のワイン産地を背景とする町に住み1998/1999アール川ワインの女王に選ばれた、笑顔が素敵な美女です。私は思いもかけませんでしたが、このワインの女王から極上ワインを一本プレゼントされました。英語も達者な方で、ビアンカのヘルパーとして信頼されており、昨年の全国障害者交流乗馬大会(青森県十和田市99/10/14〜10/17)にビアンカと同行するはずでした。デンマーク大会でビアンカのヘルパーとして有給休暇を使ってしまい、上司が休暇を承認しなかったので、急遽大学生のミハイルに交替したそうです。つぎの機会にぜひ訪日したいと願っていました。ビアンカによれば、乗馬スキルはそれほど優れていないけれど、グラウンドワークが最も信頼できるのです。遅くまで騎乗するつもりでしょうか、夜9時ごろ馬房の前でしきりに馬の世話を焼いていました。今秋のシドニー行きを楽しみに2月初めまでビアンカと励んでいました。ところが、ビアンカが世話になったお礼にと自馬”Dalino”ダリノを無償でクらうディアに譲って、すっぱりと絶交してしまったそうです。とにかくビアンカは古いきづなをたち切って、新たな目標に向かって別の乗馬センターに移ったのです。
それから長髪を束ねたエルマーは、ビアンカのボーイフレンドだと紹介されました。ビアンカの隣町のバト・ノイナール・アールバイラーの中心部のアパートに住み、広いリビングルームはサイケ調の内装でした。やたらに酒類が好きでスコッチをアップルジュースで割ったり何やら怪しげなカクテルを勧めてくれ、時間をかけて用意した手料理はなかなかのものです。ビアンカが乗馬を始めた頃の古くからの馬ともだちで、彼の方が上手だったのに早期に乗馬をやめてしまったそうです。アール川源流の古い街並みに囲まれたブランケンハイムをガイドしてくれたり、とにかくうまいレストランや喫茶店に詳しい。ウール裏つきのオイルドコットンのコートに身を包み、毎日二頭の犬を朝昼晩と3回運動させるのが趣味です。彼が一体どんな仕事をしているのか、ききもらしました。ビアンカのお友だちは男女ともタバコ好きですね。
5) ミハイルの娘たち
ミハイルと夫人カリンの間に二人の娘(小学生)がいます。家族はみんなほとんど英語を話せません。姉は整った顔立ちで、午後学校から戻ると厩舎の作業を少し手伝い、140cmほどのポニーを自由に乗りこなします。妹は両目の間が広くちょこんと円い鼻をつけています。彼女は馬よりも白黒まだらの三匹のマスチフ犬と遊んだり台所仕事が大好きです。三才のマスチフは人懐こくて、身体をさするようせがんだり仰向けになって腹を見せたりしますが、6ヶ月のやんちゃ坊主は警戒してなかなか寄りつきません。私にあてがわれた栗毛の乗用馬カリフは太めでがっしりしています。名前カリフの意味は「イスラムの教主」だそうで、うやうやしく乗せていただきました。毎回グルーミングの間中おとなしくしていて楽でしたね。
ワインレストラン メービス"Weingut Moebus"
ボンスハイムの隣にジーフェルスハイムという村があり、近郷で有名なワイレストラン&ワインパブがあります。
ドイツ連邦では総人口約8000万人に対して、ウマが約80万頭飼育されています。
何と100人に一頭の割合ですよ。 実に日本の6倍もいるのです。
それゆえ、ドイツではウマが身近な動物ですが、それでも乗馬は高等スポーツといわれていますね。
1)利益協同体ライン・マイン療法的乗馬センター Updated
01/02/26
IG Therapeutic Riding Center Rhein-Main
1997年にボンスハイムWonsheimの町外れに開設された協同立の乗馬療法センターで、二方をブドウ畑に囲まれ、覆い馬場と馬房、用具保管室、談話室などを備えています。裏手には丸馬場と2つの方形の放牧場があり、それぞれに馬を放して遊ばせていました。セラピー馬と自馬を含む乗用馬、併せて33頭を保有し、ビアンカ・フォーゲルの2頭めの自馬”Galate”ガラーテもここで調教されています。ビアンカは幼稚園で30名弱の園児を教育する傍ら、大きなチャンピオンシップが迫ると、わざわざ4、5時間も車を走らせて、元ドイツ騎馬警察隊教官で馬術コーチ、トレーナーの大柄のミュラー女史から若いガラーテと一緒に週1回の特訓を受けるそうです。
研修室にはアンゲリカ・トラバートの乗馬練習の有り様が大きなパネルで飾られています。
この療法的乗馬センターでは、主に午後から夜にかけて毎日8名〜15名、各週合計63名の障害児者(5歳以上の児童や生徒を主とし、少数の成人を含む)に対して1クール各30分ずつ、ヒポセラピー、ボルティングなどを実施しています。対象とする障害は、身体障害、情緒障害、精神障害など多種多様です。ドイツ方式では、通例、いわゆるサイドウォーカーやリーダーはいません。ヒポセラピーのための特別研修を受けたPTまたいは医師などの専門家だけが、馬の横(左または右)についてライダーに指示していろいろの姿勢/位置をとらせます。馬係りは馬の後ろに位置して、ロングレインで馬を操作します。PTまたは医師が調馬索をもちいて馬を操作しながらライダーにセラピーを施す方法もとります。主任のブリッタ・ネープルさんによると、保険給付に関し2年ほど前から政府財政が引き締められたこともあり、馬によるセラピーの効果測定が明確にされない限り、医療保険の給付を受けられなくなったという説明でした。ここのセラピー馬はどっしりした感じでよく調教されており、馬の直ぐ後ろに立っても蹴られることがないし、速歩や駆歩は容易にこなします。中でも24才の中型のペニーPenny
(ハフリンガーとアラビアンの半血種)の場合、ロング・レインでハーフパスはもちろん、まるで犬のように「お手」をさせたり、後ろ足立ちで「ちんちん」さえ見事にできます。
2)エルレンシュタル乗馬センターErlenstall
この乗馬センターは、フランクフルト・アム・マインから車で30分ほどの町にあり、円形の小型の覆い馬場、覆い角馬場、屋外角馬場、放牧場などを備えており、乗用馬が約35頭います。アンゲリカ・トラベルトが前記の乗馬療法センターから譲り受けたドレッサ―ジ用の自馬”Ghazim”ガジムを預けています。ここのオーナーのクローディア・ボーガンさんのご厚意で週6時間円形覆い馬場を専用で利用させてもらい、アンゲリカが障害児用ポニー”Doreen”ドレーンを使って9名の障害児を指導しています。麻酔科?の医師だから前記の条件を満たすのです。アンゲリカ自身も普段はここの角馬場を使って自馬で練習しますが、彼女の話ではエルレンスタル乗馬センターなど大都市に近い所は、田舎にある乗馬センターより預託料がうんと高いそうです。これはどこの国でも共通の話題ですね。
3)カリン&ミハイル・ヘンネマン乗馬センターReitstall
Sattelrad
フランクフルト・アム・マインから北へ150kmほど走って、バト・ビルドゥンゲンという中位の田舎町、郊外の高台にあるミハイルさんの一般乗馬センターに三日間滞在しました。乗用馬として訓練された馬が約30頭います。ここは20mx40mのゆとりのある覆い馬場と屋外角馬場、数個所の放牧場や2段ベッドの宿泊施設(15名以上収容可能)などをもち、夫婦で乗馬指導を行っています。ミハイルは優れたトレーナーで、若手ライダーを対象にドレッサ―ジ、ジャンプなどの集中合宿練習をそれぞれ年間数回実施します。自営業の男性が朝一番に乗馬したり、昼前や夕方に数名の女性ライダーが騎乗する程度で、冬場はうんと空いています。ここは障害児者の乗馬施設ではありませんが、ミハイルが1991年IPEC世界選手権大会ドイツチームのコーチを務めたので、スポーツ指向の障害者ライダーも乗りに来ます。アトランタ・パラリンピックやデンマーク世界選手権大会での銀メダリスト、ご存知のアンゲリカもその中の1人です。
4)ゲルハルト農場乗馬センターGerhardshof Riding Center
ボン市に近いBad Neuenahr Ahrweilerバト・ノイナール・アールバイラーという町のはずれの農地と山林に囲まれた高台に位置し、自馬会員たちが約50頭の馬を預託しています。20mx40mの覆い馬場でライダーが7〜8名思い思いに乗りまわしたり、ロンジングをします。暖かくなれば、もちろん屋外の角馬場も利用されます。この乗馬センターは早朝から深夜まで自由に乗馬でき、他の乗馬クラブと異なり全く時間制限がないそうです。日中馬場で練習に飽きたら、広々とした野外、田園地帯を乗り回す楽しみもあります。
夕方、仕事を終えた会員や家族がクラブ・バーにたむろして食事をとったり、ビール、ワイン、コーヒーあるいはジュースなどを飲みながら夜8時過ぎまで談笑します。バーの壁面に大鹿やコジカの頭部と角が31頭分も飾り付けてあり、それらは奥の壁際で飲んでいた猛者たちがホースハンティングでしとめたものという話でした。その脇にはビアンカ・フォーゲルの1991年世界選手権優勝の写真が掲げてありました。自宅から20分足らずなので、ビアンカ・フォーゲルが自馬”Dalino”ダリノを預託していて、日常の乗馬練習を行っているそうです。彼女の会員仲間クローディア・クラーがいつもていねいにダリノの手入れをしてくれるので助かると感謝しています。彼女は多くの大会でビアンカのヘルパーを務めていて、シドニーパラリンピックでもヘルパーで参加するかもしれません。英語も上手に話しますから、シドニー大会の際に日本選手団、ヘルパーやサポーターのみなさんはぜひコンタクトを試みてください。
5)IG Therapeutisches reiten Oberhessen
ニーダームースという町にある伝統のある療法乗馬センターです。今回は訪問できなかったので、次回訪独時にできれば見学したいと考えています。
6)メーカー側では、
Gottfried von Dietzeという78才のお爺さんが古くから障害者ライダーのためにほとんどの鞍や手綱など用具を特注製作してきたそうです。アンゲリカの最初の鞍もゴットフリートさんに考案して造ってもらったと聞きます。その人々の周辺でも乗馬セラピーを推進するための乗馬センターを新設する動きが出ているそうです。この辺の情報も詳細を知りたいものですね。アンゲリカは愛馬を連れて片道5時間車を飛ばして、ドイツ屈指のメーカーに新しい鞍を「ガジム」の背に適合するようにオーダーしました。そこは30名もの腕利きの職人たちが分業して出精するそうですが、仕上がりまで3ヶ月ほどかかるそうです。シドニーでは借馬になるので、その鞍はうまくあうのでしょうか?彼女自身は新しい鞍に金メダルの期待を込めています。
04/2000 春に仕上がったサドルはぴったり適合していない部分が発見されたので、修復に出したものをシドニー・パラリンピックに持参する予定です。本人は明らかにしないけれど、かかった総費用は一万マルク以上らしい!
(4)療法的乗馬インストラクター
ドイツにおける療法的乗馬インストラクターは、大別してつぎの3種類に分けられます。
1)スポーツ乗馬インストラクター
この資格を取得するためには、非障害者のための通常の乗馬インストラクター資格を事前に取得していなければなりません。
2)ヒポセラピー・インストラクター
この資格を取得するためには、理学療法士資格を事前に取得していなければなりません。
3)教育グループ乗馬インストラクター
この資格を取得するためには、事前に教育学または同種の専攻を修了していなければなりません。
1)クロイツナッハ社会事業会Kreuznacher Diakoni
クロイツナッハ市に立地する、教会が経営する精神障害者収容施設および精神障害者通所施設である。
収容施設: 職業準備訓練、授産事業および生活訓練などを行い、施設内に宿舎を設置。
精神障害者: 120名
身体障害者: 180名(精神障害重複者を含む)
通所施設: 精神障害児など: 100名
スポーツセラピーを担当する男性指導員・理学療法士が最小限の介助をして、毎月1回、当施設保有の
マイクロバスで、ボンスハイムのライン・マイン療法的乗馬センターへセラピーを受けるためにやってくる。
クライアントたちは、会議室でひとしきりお菓子を食べたり飲み物を飲んだり、おしゃべりを楽しんだりする。
かなり乗馬に馴染んでいるため、ほぼ単独騎乗が可能な人もいる。多くは永年の精神障害によって特有の
うつむき加減の姿勢をとる。
スージ−がクライアントの耐性を観察しながら、2、3人ずつセラピーをすすめ、標準30分を少し短縮したり、
時間調整する。結局、一人2回の割合で順次乗り終えた表情は、みんな晴れ晴れとしていました!
2)馬のセラピー ”プリンツエンホフ”PRINZENHOF
乗用馬専門の水浴調教リハビリテーションセンターAqua-Training Rehabilitation
Rekonvaleszens
うら若いめがね美人のエレンEllen Prinzさんが、ビンデックーバーフェンという農村で乗用馬・競技馬専門のリハビリテーションセンターを経営しています。馬房を含むリハビリテーション棟を新たに建設し2年前に創業しました。直ぐ下側になだらかに傾斜した広い放牧場を2個所備えています。元々、父親が牧牛を中心とした農場経営者だったのですが、加齢により視察当時は畜舎の隅でわずか十数頭の肉牛を飼うようになりました。長女のエレンが、空き地を利用して、付加価値の高い、競技馬のためのリハビリテーションを事業化したのです。
ドイツ全土で80万頭も馬が飼養されていますが、この種のリハビリテーション施設は12個所未満にすぎません。
彼女はドイツチームの馬の臨床治療を担当したそうです。エレンは、アシスタントを一名と、ボランティア数名を使い、毎日10頭から20頭の乗用馬を治療しています。負傷したり病気にかかって治療を必要とする乗用馬・競技馬の数に比べてリハビリテーション施設が少ないのと、エレンの評判を頼って、随分遠方から馬運車がやってきますよ。
主な治療のやり方
5mx1mx2mの頑丈なケースの中で水深30cmあるいは50cmまで水を張り、その中に馬を入れ、ランニングベルトの上を歩かせます。速度や水深はメーターで簡単に調節でき、クリニック・ホースの症状や回復具合にあわせて条件を変えて行きます。ゆっくりした常歩、速歩、速度をあげた駆歩など色々くみ合わせ、セラピー効果を高めるそうです。
また、赤外線の照射を行う大掛かりな設備があり、局所筋電刺激治療も行います。
円形の覆い馬場で電動式の運動装置を使って、一頭ないし数頭の馬に常歩、速歩、駆歩などの運動をさせます。
そして広い放牧場でのんびり解放して社会的心理的な治療も進めるのです。
所在地: Schnepper Str.56, 51570 Windeck-Werfen, Germany
電話/FAX: 02243-82845
Frau Ellen Prinz's Title: Staatl. geprufte Landwirtin u. Diplom-Kaufrau
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